なぜ3月12日が『だがしの日』?駄菓子の歴史と進化をたどる

なつめ 時事ネタ

3月12日は「だがしの日」です。
駄菓子と聞くと、学校の遠足で「お菓子は300円まで」と決められ、駄菓子屋さんで必死に計算しながら選んでいた思い出がよみがえります。そろばんを習っている友達と一緒に行くと、あっという間に計算してくれるので、とても心強かったものです。(計算苦手・・・)

駄菓子には、それぞれの世代で思い出があるのではないでしょうか。そんな「だがしの日」ですが、なぜ3月12日に制定されたのでしょうか?

今回は、「だがしの日」の由来、駄菓子とは何かについてご紹介します。

「だがしの日」の由来

だがしの日」は、2015年にだがしメーカー、おもちゃメーカーからなる「DAGASHIで世界を笑顔にする会」によって制定され、日本記念日協会に認定されました。この記念日は、「だがしと笑顔の交換の日」として、子どもたちの笑顔で、世界中の争いや差別、偏見のない“1日”を創っていきたいという願いが込められています。障がい、貧困、虐待、被災などで苦しむ子どもたちを応援し、子どもの笑顔から大人の笑顔へとつなげることを目的として、全国各地でイベントが行われています。
子どもにもわかりやすいように、漢字ではなくひらがなの「だがし」で表記されているそうです。
🍭DAGASHIで世界を笑顔にする会

なぜ3月12日?

その理由は、お菓子の神様とされる「田道間守(たぢまもり)」の命日にちなんでいるからです。

田道間守は、垂仁天皇の命を受けて、不老不死の霊薬とされる「非時香菓(ときじくのかぐのみ)」を探しに常世の国(海のはるか向こうにあると考えられていた不老不死の理想の国)へ渡りました。10年の歳月をかけ、ようやく見つけたのが「非時香菓」と呼ばれる果実であり、それが後に「(たちばな)」として日本に伝わったとされています。しかし、帰国した時にはすでに天皇は崩御していました。悲しみに暮れた田道間守は、後を追うように命を落としたと伝えられています。

橘の実

↑橘の実

駄菓子とは?

昔の和菓子

↑仙台駄菓子(江戸時代から作られている駄菓子)

「駄菓子」と「お菓子」って、何が違うのかな?そう思ったことはありませんか?
調べてみると、駄菓子とは、普段使いの手軽で安価なお菓子のことを指すようです。
江戸時代にはすでに存在し、当時は麦こがし(炒った麦粉を練ったもの)、水飴、落雁、煎餅などが主流でした。明治時代以降、さらに多様な種類が登場しました。
ちなみに、「駄」という文字には「価値の低いもの」という意味もありますが、駄菓子においては「親しみやすいお菓子」といったニュアンスで使われています。悪い意味で使われている訳ではないんですね。

駄菓子とお菓子の違い

🍫ターゲット層と価格帯

  • 駄菓子:子ども向け、10円~50円程度と安価。
  • お菓子:幅広い層向け、価格帯も多様。

🍫販売場所

  • 駄菓子:駄菓子屋、スーパーの駄菓子コーナーなど。
  • お菓子:スーパー、コンビニ、デパートなど。

🍫歴史と特徴

  • 駄菓子:江戸時代から続く庶民的なお菓子、遊びの要素がある。
  • お菓子:明治時代以降、西洋の製菓技術を取り入れ多様な種類がある。

🍫駄菓子の主な特徴

  •  ・子どもが手軽に買える価格
  •  ・多様な味とユニークなデザイン
  •  ・懐かしさを感じる人も多い
  •  ・遊びの要素がある

いまどきの駄菓子のお店

かつては子どもたちが小銭を握りしめて、お小遣いの範囲で何を買うか真剣に悩む姿が駄菓子屋で見られましたが、近頃では駄菓子屋の数が減少し、そうした光景も少なくなりつつあります。

しかし一方で、駄菓子は新たな形で進化を遂げています。駄菓子バーや駄菓子コーナーを設けた店舗が登場し、大人も楽しめる形で駄菓子文化が広がっています。レトロな雰囲気を楽しみながら、昔懐かしい駄菓子を味わうことができる場所が増えているんですね。

奈良県にも、子どもも大人も楽しめる駄菓子カフェや駄菓子食べ放題のバーなど、駄菓子を通じて世代を超えた交流ができる素敵な場所がたくさんあります。さらに、天理市や奈良市には600種類以上の駄菓子を取りそろえている大型店舗もあり、訪れるだけでワクワクする空間になっています。

まとめ

「だがしの日」は、駄菓子について改めて知ったり、考えたりするのにぴったりの日です。子供の頃を思い出して、懐かしい駄菓子を味わいながら、楽しいひとときを過ごしてみるのはいかがでしょうか?

私もさっそく、ロシアンルーレット気分で3個に1個すっぱいガムを楽しもうと思います!(一発目で当たりそうな気がします)