今年も来たか、鹿。実家の田んぼと柵の話~米づくりの裏でくり広げられる静かなせめぎあい~

なつめ 日常

鹿にそばの実を食べられて、収穫の秋までそば屋さん休業らしい。

この話を聞いたとき、
「そんなことあるんや…」と思いました。
けれど、それは人ごとではありませんでした。

5月下旬、実家では田植えがスタート。
手伝いに行ったものの、今年は雨続きで思うように作業が進まないこともありました。
この時期は「明日は午前中ならいけるかな?」と、天気予報を見ながら相談する日々。
そんなふうにして、毎年家族でお米を育てています。

田植えがひと段落したある日のこと。
田んぼに入って、苗が等間隔に植わっているか見ていると、なんだか様子がおかしい。

ところどころ苗が水に浮いていて、 地面の表面もデコボコしている感じがします。

「なんか変やな…」と思いながら確認していると、田んぼの外から母の声が。

「その辺、苗浮いてるやろ」

「めっちゃ浮いてるでー」と答えた私に、母が言いました。

「鹿入ってきて苗食べてんねん」

鹿の足跡

↑田んぼの畦に残された鹿の足跡…

鹿、なにしてくれてんねん

なるほど、そういうことか。 田んぼがデコボコだったのは、鹿の足跡だったんです。

鹿は人間のように苗の間をそーっと歩く、なんてことはしてくれません。 「行きたいとこに行く」スタイルで、あちこち踏み荒らしながら、苗を引っこ抜いて食べ散らかしていったようです。

鹿、なにしてくれてんねん。

…とはいえ、鹿が謝ってくれるわけもなく。 やられた苗を拾い集めて植え直し、 食べられてしまったところには、新しい苗をまた植える。 ただただ、淡々と作業を続けるしかありません。

私が田んぼにいる間、両親は田んぼの外で「柵作りの強化」に取りかかっていました。

柵はしてたのに、なぜ?

鹿よけのピンクのひも

↑何重にも巻き付けたピンクのひもが鹿への強い気持ちが表れています。

実は、もともと電気の柵は田んぼの周囲に設置していました。 高さは1メートル50センチほど。電線に触れた動物が驚くことで近づかなくなる仕組みです。

ところが、鹿はその柵を飛び越えてきたのです。

そこで今年は、さらに内側に2メートル40センチの棒を立てて、ピンクのひもを張った「第二の柵」を追加しました。 このピンクのひも、ただのひもじゃありません。

鹿が嫌がる色で、「ここに入ったら危ないぞ」と視覚的に警告するための工夫なのです。

さらに夜間にはラジオをかけて音で動物を遠ざける作戦も。
(田んぼの周りに家がないので音を気にせずできるというのも救いですが)

それでも入ってくる。

鹿がやってくるのは今に始まったことではありません。

田植え前は田んぼを通り道にして、畑の野菜の葉っぱを食べに来る。
田植えをしたら今度は、柔らかい苗の葉を食べに来る。

鹿のよる被害

↑お分かりいただけるでしょうか…苗の先っぽがなくなっていることを。

「電気の線、噛まれてることもあるし、 柵の下が20センチでも空いていたら鼻突っ込んで入ってくるよ」

怒るわけでもなく、当たり前のように話してくれる父と母を見て、 鹿に入られることは“普通のこと”なんだなと感じました。

鹿だけじゃない、動物たちとの攻防戦

  • イノシシ:田んぼに入って稲を踏み倒していく
  • うり坊:犬くらいのサイズで、柵の下をすり抜けてくる
  • いたち:小さくてすばしっこい

柵を強化すれば防げるかというと、そう単純でもありません。 隙間から入ってくることもあるし、柵が厳重になればなるほど、畦(あぜ)の草刈りがしにくくなるというデメリットも出てきます。

母は、鹿がまた入ってきたというたびにこう言います。

「誰か、鹿が美味しいって思うクローバーを作ってくれへんかな。
そしたら草刈りしなくていいし、鹿もお腹いっぱいになってどっちも嬉しいのに」

対策ばかりに追われて、やりたい農作業が後回しになり、 家に帰るのは夜の7時ごろ。

母は言います。

「正直、もう疲れるわ…。でももう諦めてんねん。
どんなけやっても入ってくるし、もうええかなって」

そんな話の流れで、父のことも教えてくれました。

「お父さん、田んぼのこと気になって寝られへらしいで」

「そんなに気にしてるんや…」と思いながら、 どれだけ鹿のことを気にかけながら作業しているかが伝わってきました。

6月は鹿、7月からはイノシシ

母の話では、鹿の活動がピークになるのは6月。 なぜなら、この時期の苗は葉っぱが柔らかくて美味しいから。

7月ごろになって苗の葉が硬くなると、鹿は来なくなります。 が、次に来るのがイノシシ。

収穫を前に、今度は稲を踏み倒して去っていく。 まさに、動物との攻防戦は1年中続くのです。

それでも、米作りを続けていく

稲刈りの風景

こうしてみると、 私たちが食べているお米は、 本当に手間と工夫の上に成り立っているんだなと、改めて感じます。

苗は1回くらい食べられても、また伸びてきます。
でも、何度も繰り返されると、さすがにダメージが大きく、収穫量が減ってしまうそうです。

「半分あきらめてるけど、鹿が来たらこれ以上食べらへんようにせんとな」

母のその言葉に、大変でもお米を作り続けていく気持ちが感じられました。

鹿も山に食べるものがなくて、仕方なく下りてきているのかもしれません。
全部が鹿のせい、というのもちょっと違う気もしてしまいます。

それでも、どうか無事に育ってくれますように。
秋に、新米を収穫できますように。
そう願いながら、また田んぼへ向かう日々です。