姉妹都市じゃないのになぜ?― 堺とチェコの意外なつながり
CT 日常時事ネタ
先日、偶然「堺アルフォンス・ミュシャ館」という名前を目にしました。
“ミュシャ”といえば、アール・ヌーヴォーの華やかな装飾画で知られる、チェコ出身の画家。
・・・といっても、日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、作品を見ると「ああ、あのポスターの人か!」と気づく方も多いでしょう。


でも、なぜ堺に?
どうして堺にミュシャ?
時を同じくして、これまた偶然カーラジオで、「チェコフェスティバル」が堺で開催されると知りました。
ん。。。?また堺でチェコ?
調べてみると、堺市では「チェコフェスティバル in 関西」というイベントが2019年以来毎年開催されているそうです。
チェコ音楽やアニメ、雑貨、ビールや料理が並び、現地の空気をそのまま感じられるような催し。
ミュシャ館とチェコフェスティバル。
この2つが両方とも堺で・・・?
これは偶然とは思えません。
私にとってのチェコという国
少し個人的な話をすると、私は昔からチェコという国が好きでした。
子どものころに見たチェコアニメの世界観。
繊細で少し影のあるデザイン。
抑圧された歴史の中で育まれた独特の芸術性。
それから、漫画『MONSTER』(浦沢直樹)も愛読していたので、チェコの街並みや文化には馴染みがありました。
大分前になりますが、実際にチェコを訪れたこともあります。
晴れているのになんとなく物悲しい、あの独特の空気感。
ひたすら歩いたプラハの石畳の街並みや、車窓から見た田園風景は今でも鮮明に覚えています。
プラハ城ではそれこそミュシャのステンドグラスも拝んできました。
できることならば、また訪れてみたい国の一つです。
だからこそ、堺にチェコとのつながりがあると知って、どうしても理由を確かめたくなったのです。
姉妹都市? ……ではなかった
「もしかして堺市は、どこかチェコの都市と姉妹都市なんじゃ?」
そう思って調べましたが、そうではありませんでした。
堺市の姉妹都市は、アメリカのバークレー市、中国の連雲港市、そしてニュージーランドのウェリントン市。
チェコの都市名はどこにも見当たりません。
でもチェコ共和国名誉領事館が堺にあることからも、堺とチェコの関係は確かに存在しているようです。
ではなぜ堺とチェコのつながりがこんなに深いのか。
その答えは、一人の実業家の存在にありました。
カメラのドイ創業者、土居君雄氏
堺とチェコをつないだ人物――その名は 土居君雄(どい・きみお)氏。
1926年、広島県広島市生まれ。
戦後、写真用品販売店として「カメラのドイ」を創業した実業家です。
昭和のカメラブームを支えた老舗チェーンとして、一眼レフ愛好者にはなじみ深い名前かもしれません。
土居氏は実業で成功し、1970年代から世界のアートに関心を持ち始めます。
その中でも特に惹かれたのがアルフォンス・ミュシャの作品で、酒やたばこ、ギャンブルには一切興味を示さず、ミュシャの収集に没頭しました。
「一点もの」への情熱
土居夫妻のコレクションが特筆されるのは、量ではなく質です。
ミュシャの実の息子であるイジー・ミュシャ氏とも親交を結び、直接作品を譲り受けることもあったそうです。
ポスターや版画といった複製作品にとどまらず、油彩画や素描、書籍、ブロンズ彫刻、宝飾品、
また、チェコでは観ることができない大型の油彩画や下絵など、貴重な作品を加えた多彩で厚みあるコレクションを築き上げました。
単に「集めた」のではなく、体系的に「ミュシャ芸術を保存する」ことを目的として構成されたコレクションなのです。
このコレクションは、のちに「ドイ・コレクション」と呼ばれ、世界でも屈指のミュシャ作品群として高く評価されています。
寄贈、そしてミュシャ館の誕生
土居氏の逝去後、親族の意向により、この貴重なコレクションは、夫妻がかつて居住し思い入れの深い堺市へと寄贈されました。
そして1999年、堺市はその遺志を受け継ぎ、「堺アルフォンス・ミュシャ館」を開館。
堺が“日本におけるミュシャの街”となった瞬間でした。
ミュシャがつないだ堺とチェコ
ミュシャ館の設立以降、チェコ大使館やチェコセンター東京との交流が活発になります。
展覧会や記念イベントを通じて、堺市とチェコの文化的絆は年々深まり、2019年には堺市にチェコ共和国名誉領事館が開設されました。
そして2022年からは、堺市を会場に「チェコフェスティバル in 関西」が開催されるようになり、今では市民に親しまれる恒例イベントになっています。
芸術は人々の生活の中に
芸術は人々の生活の中にこそあるべきだ
ミュシャはそう語っています。
堺アルフォンス・ミュシャ館も、チェコフェスティバルも、まさにこの言葉を体現しているように思います。
ひと組の夫婦の想いが、国と国を、街と街を、そして人の心をつないでいく。
それは、どんな行政協定よりも温かく、静かで、力強い絆です。
💐 現在開催中:「ミュシャ×竹下夢二」展
そして今、そのミュシャ館でとても興味深い企画展が開かれています。
それが、「ミュシャと夢二 STYLE of BEAUTY」展(2025年開催中)。
竹下夢二といえば、日本の大正ロマンを象徴する画家。
女性の優美さや郷愁を、柔らかな線と淡い色彩で描いた人物です。
アール・ヌーヴォーの装飾美を体現したミュシャと、大正ロマンの抒情を描いた夢二。
時代も国も違う二人の画家が、堺という街で“美の共演”を果たしています。
どちらも「日常を美しくする」ことを信じた芸術家であり、この展示は、まさに堺とチェコ、そして日本の文化を重ね合わせる象徴的なコラボといえるでしょう。
※「ミュシャ×竹下夢二 二つの時代を結ぶ美の系譜」展は、堺アルフォンス・ミュシャ館にて2025年11月30日まで開催中。
詳細は 堺アルフォンス・ミュシャ館公式サイト をご覧ください。
諸事情あり、チェコフェスティバルには行き損ねてしまったのですが、この企画展にはぜひ足を運びたいと思っています。
チェコ好きとして、行かねばならないですよね。本当はチェコフェスティバルでビールも飲みたかったけど・・・それは来年のお楽しみということで!


